激しい政治対立の歴史の中でも、韓国社会が辛うじて死守してきた一線がある。それこそが民主主義の根幹たる「表現の自由」だ。しかし、この国の言論空間は今、かつての権威主義時代へと逆行しかねない重大な岐路に立たされている。7日から施行される「情報通信網法改正案」は、公権力が「真偽の判定者」としてメディアや個人の発言を監視・処罰する道を開くものであり、その影響は計り知れない。
今回の法改正において、最も致命的な弱点として浮き彫りになっているのは、「何が虚偽で、何がヘイトなのか」を判断する境界線の曖昧さだ。政府は民間プラットフォームや第三者機関が国際基準(IFCNなど)に沿ってファクトチェックを行うと釈明するが、政治的な対立が極限に達している現在の韓国において、その判断が権力の意向から完全に自由であると信じる者は多くない。事実、法案撤回を求める国会の国民同意請願には、短期間で14万人以上が署名した。公論化のプロセスや与野党の合意を欠いたまま強行された代償は、あまりにも重い。
最大野党「国民の力」の張東赫(チャン・ドンヒョク)代表が6日、「国民の目と耳、口を塞ぐ『口封じ法(イプトゥルマク法)』だ」と激しく糾弾し、「その行き着く先は、李在明(イ・ジェミョン)独裁の完成だ」と危機感を露わにしたのは象徴的である。改正法では、政府が特定の報道やコンテンツを「偽ニュース」と指定した場合、最大10億ウォン(約1億500万円)という巨額の過罰金が科される。張代表が指摘するように、時の政権にとって不都合な疑惑提起や批判的な世論を恣意的に封じ込めるシールドとして悪用される懸念は拭えない。既存のレガシーメディアのみならず、ユーチューバーやネットのコメント欄までもがターゲットとなり、政権批判の声を完全に消し去るための「布石」になりかねないのだ。「反中メディアを閉鎖に追い込み、記者を投獄した香港の姿が重なる」という張代表の警告は、決して大げさな杞憂とは言えないだろう。
国会ではさらに、先の「6・3地方選挙」で発生した投票用紙不足事態をめぐる選挙管理委員会への特別検事(特検)導入についても激しい議論が交わされている。張代表は、この特検が国民の強力な要求によって民主党に受け入れさせたものである点を強調し、野党(国民の力)が推薦し捜査範囲に制限を設けないものでなければ捜査結果を信頼することはできないと釘を刺した。こうした司法や選挙の公正性を巡る不信感と、言論統制への懸念は根底で繋がっている。野党側の要求をはぐらかし、引き延ばしを図る「サボタージュ」で対応するならば、それは現政権の没落を早める結果を招くだろう。
国際社会が求めるのは「国家による介入の最小化」であるだけに、この問題は国内だけの騒ぎにとどまらず、世界の言論界や国際人権団体からも「表現の自由を著しく侵害し、検閲を正当化する恐れがある」との深い憂慮が相次いでいる。アジアにおける「民主主義の模範国」とされてきた韓国のこの動きに対し、世界のジャーナリストらは強い危機感を隠さない。プラットフォーム事業者は、巨額の罰則や泥沼の論争を避けるため、グレーゾーンにある正当な疑惑提起やジャーナリズム活動のコンテンツまで過剰に削除・遮断するようになる。これは、メディアによる権力監視機能を麻痺させる『戦略的威嚇訴訟(SLAPP)』を国家が合法化するに等しい。法律はプラットフォームに管理義務を課す体裁をとっているものの、その実態はデジタル公論場における「強力な自己検閲の強制」なのである。
確かに、フェイクニュースや無責任なサイバーレッカー(炎上系YouTuberなど)による被害は深刻であり、何らかの対策が必要であったことは否定できない。しかし、その治療薬が「民主主義という身体」そのものを破壊する毒薬であっては本末転倒だ。
国民の目を覆い、耳を塞ぎ、口を封じることで得られる「静寂」は、健全な社会の兆候ではない。それは民主主義の衰退を示す、最も危険なシグナルだ。韓国政府と言論界は、今からでもこの「悪法」がもたらす逆機能に真摯に向き合い、監視ではなく「連帯」のある公論場を取り戻すための再改正に踏み切るべきである。
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