2026. 09. 23 (水)

仁寿峰は大きな岩の顔である


[編集者注] ソウルは単なる空間ではなく、歴史と人々、権力と金、神話と風水が重なり合った巨大な人文地理の現場である。今日から調漢規アメリカ・キャロライン大学哲学科教授(元世界日報社長)が2030世代が知っておくべきソウルの隠れた物語をアジア経済新聞に展開する。仁寿峰と女性峰・男性峰、仁王山の磨崖仏と仙岩から、王の気が宿る岩、金運が集まる名所、合格と出世の空間まで。風水地理と四書五経、野史を行き来しながら、一般的な『文化探訪』を超え、AI時代に新たに読み解くソウルの新人文地理学を紹介する。

①仁寿峰は大きな岩の顔である

 
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[筆者が放学洞自宅の屋上から携帯電話のカメラで撮影した仁寿峰の形状である。大きな岩の顔の形がはっきりと現れている。視線は北極星を向いている]

 
ソウルの鎮山である三角山に初めて登った歴史的人物は、比流と温祚である。『三国史記』はこの山を『負兒嶽』とし、『百済本紀 第1』に次のように記録している。

「朱蒙が北部余にいるときに生まれた子が来て太子になったので、比流と温祚は太子に受け入れられないのではないかと恐れ、ついにオカン・マリョなどの臣下10人と共に南へ行ったが、民衆が従う者が多かった。(彼らは)ついに漢山に至り、負兒嶽に登って住むに適した場所を見た。」

その後、考慮時代からは三角山という地名が使用されるようになった。白雲台(836.5m)、仁寿峰(810.5m)、万景台(799.5m)の3つの峰が三つの角の形をしているため『三角山』と呼ばれた。朝鮮時代にも国家の祭祀を行う際や民間で呼ぶ際に最も広く使われた公式名称であった。ただし、朝鮮の宿宗時代に漢江の北側に『北漢山城』を築いた後、『山城を抱く山』という意味から『北漢山』という別名が使われるようになった。

北漢山は、日帝強占期の1917年に朝鮮総督府古跡調査委員であり、日本の植民地史学者である今西龍などが作成した報告書や行政地図から『三角山』の代わりに主導的に使用され始めた。1000年間使用されていた『三角山』が消えたのである。日帝はさらに三角山の一部を京畿道に編入した。そのため、現在も白雲台は京畿道に属している。三角山に込められた民族精神を損なうための卑劣な策であった。

光復後には三角山と北漢山が混用された。しかし、1983年に突然全斗煥政権が三角山一帯を『北漢山国立公園』に指定し、北漢山という地名が使用されるようになった。その後、メディアや出版、教育資料で『三角山』は消えた。歴史意識のない軍事政権の無知がもたらした惨事である。必ず『三角山国立公園』と名付けるべきであった。したがって、この文章では三角山という地名を使用する。三角山に人文地理学的意味を与えて名付けるなら『三才山』とも言える。三角は天地人の三才に該当するからである。三つの峰の地名を見ると、白雲台は『天』、万景台は『地』、仁寿峰は『人』に該当する。白雲台は『白い雲が漂う平らな岩』という意味である。白頭山の白雲峰のように白(白)はすなわち空(天)を象徴する。私たちの民族を白衣民族と呼ぶのは、天孫民族を意味する。白雲台は『天の山』ということになる。

万景台は『地の上の万の優れた景色を見ることができる』という意味を持つ。実際にここから見る景色が三角山で最も優れている。三角山が韓国名勝第10号になったのもまさにこのためである。道詵国師がこの万景台の下に道詵寺を創建したこととも無関係ではない。「人は地を模倣する」という『道徳経』の「人法地」の思想が適用されたものと解釈される。

『三国史記』が三角山を『負兒嶽』と記録したのは、白雲台がまるで『子供』(人)形の仁寿峰を背負っている形をしているからである。また、仁寿峰の『仁寿』が元々『人獣』、すなわち『獣の形をした人』であったという。しかし、意味が良くないため、『論語』の雍也篇の『仁者が長生する』という『仁者寿』の『仁寿』を持ってきて『仁寿峰』と呼ばれたという。しかし、何より仁寿峰は写真のように『大きな岩の顔』であり、『人』に該当する。したがって、『三角山』より『三才山』という地名が本名に近いと考える。

筆者は毎朝放学洞自宅の屋上に上がり、この三角山を見る。道峰山、秀岳山、不暗山、龍馬山も共に見る。ある朝、仁寿峰の姿が新たに迫ってきた。「あれ!人だ!」携帯電話のカメラで拡大してみると『大きな岩の顔』が確かに見えた。その晩、再び屋上に上がり、空を見た。幸いにも星が降り注いでいた。北極星を見つけた。北極星は道峰山の上で輝いていた。すると仁寿峰の大きな岩の顔の目が北極星を見ているという確信が湧いた。瞬間、三角山と道峰山、そして北極星。漢山と漢水に関する多くの考えが浮かんだ。

『三国史記 第24巻 百済本紀2』によれば、百済の近肖古王26年(371年)に「漢山に都を移した」という記録がある。学界では大体この漢山を三角山と見なしている。もちろん漢水は現在の漢江を指す。ここでの『漢』は中国の漢王朝ではない。『漢』は天の銀河水を指す。例えば、漢拏山の『漢』は銀河であり、『拏』は『引っ張る』という意味である。したがって、漢拏山は『銀河を引っ張る山』という意味を持つ。『銀河の気を受ける山』ということになる。同様に漢江の『漢』も銀河である。したがって漢江は『銀河に似た川』または『銀河のような川』という意味を持つ。『漢陽』も『銀河の気がある陽の当たる場所(名所)』という意味を持つ。『漢城』は『銀河の都市』という意味である。

では、なぜ三角山を囲む一帯の山河に漢山、漢水、漢江、漢陽、漢城という名前が付けられたのか。三角山が銀河と関係があるからである。昔から三角山は半島で銀河の気を最も多く受ける山として知られていた。だから銀河の意味を含む漢山、漢水、漢江、漢陽、漢城という名前が生まれたと言われている。

また、仁寿峰の視線が北極星を向いているということは、北極星周辺を囲む紫微垣に住む上帝(神)を仰ぎ見ていることを意味する。その結果、天の紫微垣の気が仁寿峰に降りて、普賢峰、白岳山へと続き、銀河を操る北極星によって銀河の気が三角山一帯、すなわちソウルに降り注いでいるということである。これは地の紫微垣がソウルにあるという話である。

東洋天文学は北極星を宇宙の中心と見なす。北極星が天の運行と天上の秩序を説明する中心軸であるということである。もちろん現代天文学から見ると、北極星(Polaris)は私たちの銀河の中にある星であり、地球から約430光年離れている。しかし、地球の北の空でほとんど動かないように見える星である。

それでも昔の人々が北極星を宇宙の中心と見なした最大の理由は、地球の自転軸が指し示す方向である天球の北極と非常に近いからである。地球の自転軸を北に延ばすと北極星の近くを通るため、北の基準点のように見えるということである。地球が自転すると夜空の星々は北極星を中心に円を描くように見えるため、『北極星=宇宙の中心』という天文学的思想を持っていた。風水地理学の形状論が実際に存在するよりも、人の目に見える形状(物象)を重視することと同じ文脈である。
 
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[筆者がAIを活用して描いた『東洋天文学の宇宙』構造。]


では、北極星が銀河を操るというのはどういう意味か。銀河(the Milky way)は地球(太陽系)から観測する私たちの銀河の姿である。夜空の天球に投影された私たちの銀河の断面がまるで銀色の川のように見えることから名付けられた。私たちの銀河は通常『銀河系』とも呼ばれる。夜空で最も巨大な構造である銀河は私たちの銀河の代表的な構造である。私たちの銀河の大きさは直径が数十万光年に達する。星、星間物質、暗黒物質などで構成されている。無数の星々の海である。質量は太陽の約1兆倍に達するというから、その気は計り知れないほど膨大である。

『水』を重視していた昔の人々は、夜空に銀色の川のように流れる銀河に天気(天気)が集まっていると考えた。宇宙の中心である北極星が銀河の気を操ると考えた。銀河の気を受けるということは宇宙の気を受けることと同じだと考えた。だから孔子は『論語』の為政篇で「徳によって政治を行うということは、北極星がその場にそのまま留まり、他の星々がその北極星に向かって回るのと同じである」と述べた。天の中心が北極星であれば、人間の世の中心は君主(天子)であると考えたのである。
総じて、北極星を中心に天の星々が回転するように見えるため、東洋天文学はこれを次のように理解した。『東洋天文学の宇宙構造』の絵のように『北極星→紫微垣→北斗七星→28宿→私たちの銀河→私たちの銀河の中心→太陽系→地球』という体系で把握した。したがって、北極星は単なる一つの星ではなく、天上の秩序の中心点という象徴的な意味を持つ。

このような東洋天文学を重要視していた考慮時代には、銀河の気が多く集まる三角山一帯の漢陽に注目した。11世紀中頃、文宗の時に南京に昇格させて都市化を推進した。11世紀末、宿宗の時には宮殿を建て、王が滞在することもあった。朝鮮初期の1394年、太祖李成桂は首都を開城から漢陽に移した。漢陽を占有しなければ半島を支配できないと判断した。もちろん風水師たちの影響を最も受けた。韓永宇元ソウル大学教授は『再び探す私たちの歴史』でこのような話を紹介した。

「金位制という風水師は、漢陽が世界の中心国家に飛躍できる名所であり、四海の神聖な魚たちが漢江に集まり、漢江の魚龍たちが四海に伸びていき、国内外の商人たちが宝を持って捧げる国になると予言した。」
銀河の気を最も多く受ける都市がソウルであれば、『漢江の奇跡』は当然である。銀河の都市ソウルは発展せざるを得ず、韓国もそれに伴って発展することになる。最近IMFが発表した2026年の名目1人当たりGDP推定値によれば、韓国は4万〜4万1700ドルに達するという。韓国銀行の推定に基づいている。日本の3万5700ドルを上回る数値である。購買力評価(PPP)は約6万8600ドルに達する。具允哲経済副首相も9月10日に「今年度1人当たり国民総所得(GNI)4万ドル達成の可能性がさらに拡大した」と述べた。名実ともに先進国に入り、ついに完全な『漢江の奇跡』を成し遂げたのである。

早急に『三角山』という名称を復元する必要がある。国運の上昇、民族精神の回復の第一歩である。仁寿峰の岩壁登山も制限すべきである。神聖な『大きな岩の顔』に傷をつけてはならない。
 
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[調漢規 アメリカ・キャロライン大学哲学科教授]
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