金世勲化川郡長が就任してから約2ヶ月が経過した。短い時間ではあるが、彼の動きは迅速である。会議やイベント、中央省庁訪問、事業現場の視察に加え、スケジュールの合間には住民との面会も続いている。
金郡長のSNS『郡政日記』には、1日のスケジュールがぎっしり詰まっている。公開されたスケジュールが全てではないとのことだ。住民や団体から面会の要請があれば、できる限り直接会って話を聞こうとしているという。
就任から2ヶ月。成果を評価するには早いが、郡政の各所では変化の兆しが見られる。
金郡長が就任当初から強調しているのは『所得』である。農漁村基本所得をはじめ、観光客の消費を地域経済に結びつけ、農業・観光・森林資源を住民の所得に繋げる構想が進められている。
観光客の旅行費用の一部を地域通貨で還元する『半額旅行』が9月に実施される予定であり、国立自然休養林の誘致や樹木園・花木園などの森林観光事業も進行中である。教育・福祉やスポーツ分野でも新たな動きが続いている。
政策発表や事業推進だけで成果を判断するには早い。住民が肌で感じる変化には時間が必要である。
それでも現場では期待感が感じられる。
2026年化川トマト祭りの現場で出会った地域の団体長や住民たちは、金郡長の就任以降の動きについて「化川の未来発展のために多くのことを実際に試みようとしているようだ」と評価した。
祭りの準備過程でも、金郡長は訪問者の安全と便利さ、イベント運営の細部まで気を配り、徹底した準備を求めた。また、担当職員も現場を何度も点検し、緊張感を保っていたという。金郡長の積極的で細やかな行政スタイルが垣間見える場面である。
それだけに警戒すべき点もある。推進力と細やかさが行政組織に過度な負担をかけてはならない。地域では「あまりにも多くのことを一度に進めているのではないか」という懸念の声もあり、最終的には結果を見守る必要があるとの慎重な意見もある。
記者が現場で見た金郡長の姿からも一つの心配がある。休む間もないスケジュールのせいか、時折顔に疲れが見え、声にも疲れたような感じを受けることがある。
郡長の健康は個人の問題ではない。4年間化川の行政を担うリーダーとして、健康と体力も重要な行政運営の条件である。1日多く走ることよりも、任期の最後まで揺るがずに走り続けることが重要である。
金郡長は公職にあった頃から故郷化川でやりたいことが多かったと周囲に話してきた。当時は政策を決定し推進することに限界があったが、今は方向を決定し結果まで責任を持つ郡長となった。できることが増えた分、責任も重くなった。
問題は速度ではなく、方向と結果である。多く動くことだけで良い郡政を保証できるわけではない。首長の推進力が強いほど、行政組織の十分な検討や内部の他の意見、現場の反対の声が適切に伝わっているかを確認する必要がある。
住民と多く会うことも同様である。何人と会ったかよりも、現場で聞いた話が政策にどれだけ反映されたかが重要である。現場行政は訪問回数ではなく、結果で評価されるべきである。
化川の現実は厳しい。人口減少と地域経済の低迷、接境地域という構造的な限界が重なっている。観光と農業、雇用と定住環境を改善し、軍部隊の状況変化や各種規制にも対応しなければならない。郡長一人の力で解決できる問題ではない。公職社会と郡議会、住民社会が共に動かなければならない。
古い言葉に『行百里者半九十』という。百里を行く者にとって九十里が半分であるという意味である。《全国策》に由来する言葉で、物事を成し遂げるには最後まで緊張を緩めてはいけないという警戒が込められている。
就任2ヶ月は百里の道の出発に過ぎない。
今現れている変化の兆しと住民の期待が実際の成果となるかはまだわからない。政策が事業に繋がり、その結果が住民の所得や雇用、地域経済、住民の生活の変化として現れなければ、今の強行軍も正当に評価されることはない。
必要なのは速度だけではない。方向性と持続性である。時には速度を調整して推進した事業を点検し、何よりも4年間を責任を持つ体力を守ることも重要である。
金世勲郡長は化川という船の方向舵を握っている。速く漕ぐことだけで目的地に到達することはできない。方向が正確であり、一緒に乗っている人々の声を聞く必要がある。郡長に与えられた権限は、住民が4年間託した権限であり、その結果まで責任を持つ力である。
行百里者半九十。
金世勲郡長の4年は今始まったばかりである。今重要なのは、どれだけ早く走るかではない。
4年後、彼が方向舵を下ろすとき、化川は今よりどこまで進んでいるのか。その答えは郡長が語るものでも、周囲の人々が代わりに示すものでもない。
結局、住民の生活が答えることになる。
* この記事はAIによって翻訳されました。
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