2026. 08. 24 (月)

トロイの現在地と映画《オデッセイ》の影響

  • 3000年前のトロイから映画《オデッセイ》の島パビニャーナまで

クリストファー・ノーラン監督の映画《オデッセイ》を観た人々には、いくつかの疑問が残る。オデュッセウスはなぜ10年間も故郷に帰れなかったのか。彼がそれほど帰りたがっていたイタカはどこにあるのか。キクロプスやセイレーン、キルケやカリプソの島は実際に存在したのか。


しかし、その前に非常にシンプルで興味深い質問がある。


「それなら、トロイは今どこにあるのか。」


ホメロスの《イリアス》や《オデッセイ》を読んだり映画を観たりした人の中には、トロイがギリシャにあると思っている人が多い。アガメムノンやメネラオス、アキレウスやオデュッセウスなど、トロイ戦争の主役たちがほとんどギリシャの英雄だからである。


しかし、トロイは現在のギリシャには存在しない。


トロイの遺跡は、今日のトルコ北西部チャナッカレ州ヒサルルク(Hisarlık)にある。ギリシャ本土からエーゲ海を渡り、東に向かうと出会う小アジアの北西端である。さらに驚くべきことに、トロイの位置だ。ユネスコによれば、トロイの遺跡はダーダネルス海峡の南口からわずか約4.8㎞の距離に位置している。


この数字一つがトロイの歴史を新たに見るきっかけとなる。トロイはなぜそこにあったのか。地図を広げてみよう。


南にはエーゲ海がある。エーゲ海から北に上がると、狭く長いダーダネルス海峡が現れる。その海峡を通過するとマルマラ海があり、さらにボスポラス海峡を越えると巨大な黒海が広がる。


エーゲ海 → ダーダネルス海峡 → マルマラ海 → ボスポラス海峡 → 黒海。


今日の世界地図でも重要な道である。3000年前の世界では言うまでもない。


トロイはまさにその道を見下ろしていた。


ユネスコも、トロイが数千年にわたりアナトリアとバルカン、エーゲ海と黒海地域をつなぎ、移住や交易、知識の伝達の文化的橋渡し役を果たしてきたと評価している。トロイとその周辺には約8000年にわたる人間の居住の痕跡が確認されている。


したがって、トロイの地理的な位置を知ると、ホメロスの世界が異なって見え始める。


神話では、トロイ戦争の発端は一人の女性であった。トロイの王子パリスがスパルタ王メネラオスの妻ヘレネを連れてトロイに帰った。怒ったメネラオスと彼の兄アガメムノンを中心に、ギリシャの様々な勢力が連合し、海を渡ってトロイを攻撃した。こうして10年の戦争が始まったとホメロスの世界は伝えている。


しかし、地図を見た後にはもう一つの疑問が生じる。果たして美しいヘレネ一人のためだったのだろうか。


ここで歴史と神話を区別する必要がある。実際のトロイ戦争がホメロスの物語通りに起こったかどうかは証明されていない。ヘレネのために戦争が始まったということも、アキレウスとヘクトルが実際に戦ったということも、巨大な木馬がトロイの城内に入ったということも歴史的事実として確定することはできない。


しかし、トロイという都市が存在したことは考古学的事実である。その都市が当時の世界の重要な海上通路の近くにあったことも事実である。


したがって、実際の歴史的衝突がホメロスの巨大な叙事詩に発展したのであれば、その背景には交易や海上通路、勢力圏や覇権を巡る利害関係があった可能性を考えることができる。ただし、それをトロイ戦争の実際の原因と断定する瞬間、歴史ではなく別の神話を書くことになる。


トロイの遺跡
画像=チャットGPT生成

重要なのは地理である。


歴史において地理は滅多に嘘をつかない。3000年前にも『道』は金と権力であった。人類の歴史を見れば、強大な国や都市の興亡には道があった。


陸の道があり、海の道がある。人が通り、商品が通過する。商品に沿ってお金が動き、お金に沿って権力が動く。そして権力が衝突する場所で時には戦争が起こる。


トロイはその道の上にあった。


エーゲ海の世界から北に上がり黒海に向かうには、ダーダネルスという狭い門を通過しなければならない。今日でもボスポラスとダーダネルスの戦略的重要性が大きい理由である。数千年の時が流れたが、海はそのままであり、海峡もそのままである。


さらに興味深い事実がある。


トロイから遠くないチャナッカレのダーダネルスの対岸には、第一次世界大戦の激戦地であったガリポリ半島がある。トロイの時代とガリポリの戦いの間には3000年近い時間があるが、人々が争った地理的空間は大きく変わっていない。


なぜか。


道であるからだ。トロイを理解する最良の方法は、神話の本を一冊読むよりも世界地図を一度広げてみることかもしれない。


しかし今、世界の人々はもう一つの島を探し始めた。3000年の歳月が流れた2026年、《オデッセイ》は全く異なる方法で世界の地図を変えている。


一方では、人々が本当のトロイがどこにあるのかを探し、トルコのチャナッカレとヒサルルクを見つめている。もう一方では、映画の中のオデュッセウスの故郷イタカを求めて地中海の小さな島に向かっている。


そこがイタリアのシチリア西方にあるパビニャーナ(Favignana)である。


ここで実際の歴史と映画を再び区別する必要がある。


ホメロスのオデュッセウスが帰ろうとした実際の叙事詩の中のイタカは、今日のギリシャのイオニア海のイタカと結びついている。しかし、ノーラン監督は映画の中のイタカの主要なシーンを実際のイタカではなく、イタリアのパビニャーナで撮影した。


パビニャーナはシチリア西方トラパニの前海にあるエガディ諸島の島である。島の形から『蝶の島』という別名も持っている。


ノーランはここをオデュッセウスの故郷に変えた。パビニャーナで最も高い丘に位置するサンタ・カテリーナ城(Castello di Santa Caterina)は、映画の中でオデュッセウスの宮殿に変身した。ペネロペとテレマコスが登場するイタカのシーンの重要な舞台がまさにここであった。映画制作陣はパビニャーナだけでなく、シチリア周辺のエガディ諸島やエオリア諸島でも海や島のシーンを撮影した。


パビニャーナを選んだ理由も興味深い。


映画のプロダクションデザイナー、ルース・デヨングは、ここでの高い地形から四方に海が見え、撮影に使用した船が実際に接近できる点を高く評価した。コンピュータグラフィックスで作られた仮想の海ではなく、俳優たちが実際の風を受け、実際の海を見ながら演技できる空間であった。


ノーランらしい選択である。


人口3000人の島に訪れた『オデッセイ効果』。そして映画が公開されると、小さな島の運命が動き始めた。


ロイターによれば、パビニャーナの常住人口は約3000人である。《オデッセイ》の撮影過程で約500人の地元エキストラとスタッフが雇用され、現地で発生した直接的な支出は地方当局の推算で100万〜200万ユーロに達した。映画公開後には北米や中東、インドなどの投資家たちも高級観光事業に関心を示している。地方当局は映画制作過程や衣装・設備などを展示する常設展示も推進している。


興味深いのは、島の住民たちがすでに次の問題を考えていることである。


人があまりにも多く来たらどうするのか。


映画一本が世界的な観光地を生み出す『スクリーンツーリズム』の力である。ロイターが引用した国連観光関連の推定によれば、人気映画に登場した旅行先は訪問者増加効果がかなりある可能性がある。パビニャーナも映画の成功を観光産業に結びつけながら、オーバーツーリズムは避けようとする考慮を始めている。


これが2026年の新しい《オデッセイ》である。


3000年前にはオデュッセウスが故郷に帰るために海を彷徨った。3000年後には世界の観光客がオデュッセウスの痕跡を求めて海を渡る。


一本の映画が二つの地図を作った。だから《オデッセイ》を観た後、二つの地図を一緒に広げてみることを勧めたい。


最初の地図にはトルコのトロイがある。


チャナッカレとヒサルルク、そしてダーダネルス海峡を探す。下にはエーゲ海を見て、上にはマルマラ海とボスポラス、黒海まで目で道をつなぐ。そうすれば、なぜトロイがそこにあったのか少しは理解できるだろう。


二つ目の地図にはイタリアのパビニャーナがある。


シチリアを探し、西方トラパニの前海を見れば、小さな島が見える。映画の中でそこはイタカとなった。オデュッセウスが命を懸けて帰ろうとした家、ペネロペが待っていた家、テレマコスが父を待ちながら成長した家である。


一つは歴史の地図であり、もう一つは映画の地図である。


一つは3000年にわたり人を引き寄せた都市であり、もう一つは一本の映画が世界の人々の視線を引き寄せ始めた小さな島である。


しかし、二つの場所を動かす力には妙に似た点がある。人は道に沿って動く。


3000年前の人々は交易と戦争のためにエーゲ海を渡った。今日の人々は映画や物語、文化に沿って飛行機に乗り海を渡る。過去には商品が人を動かしたが、今日ではコンテンツが人を動かす。神話が文学になり、文学が映画になり、映画が再び観光と経済を生み出す。


これが3000年を生き延びた《オデッセイ》の力かもしれない。


トロイは消えたが、その場所は残った。ホメロスはこの世を去ったが、彼の物語は残った。オデュッセウスが乗った船は消えたが、人々は今も彼が通ったと信じる海を訪れる。


そして2026年の夏、ノーランのカメラはその古い物語に再び世界の目を向けさせた。


だから《オデッセイ》を観た後、最初の旅行先を尋ねられたら、私は二つの場所を言いたい。


トロイを知りたいなら、トルコのチャナッカレに行け。


ノーランの《オデッセイ》に出会いたいなら、イタリアのパビニャーナに行け。


二つの場所の間には3000年の神話と歴史、そして人間の旅が流れている。





* この記事はAIによって翻訳されました。
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