2026. 08. 23 (日)

봉은사の元住職名進僧侶が入寂、事故と推定される「享年76歳」

  • 西帰浦のハエポ港近くで救助後に死亡…年齢76歳・法歴52年

  • 봉은사の財務公開・宗団改革を主導…李明博政権・曹渓宗との対立

  • 2017年に除籍後、訴訟で勝訴し、僧籍を回復…統一・社会運動にも参加

名進僧侶の写真(聯合ニュース)
名進僧侶 [写真=聯合ニュース]


봉은사の住職を務めた名進僧侶が22日、済州の西帰浦で事故に遭い入寂した。享年76歳、法歴52年である。

22日、聯合ニュースによると、名進僧侶は同日午前9時38分頃、済州西帰浦市ハエ洞のハエポ港近くの海で水に浮いているところを救助された。

韓国仏教曹渓宗と警察・消防当局によると、当時心停止状態だった僧侶は病院に搬送されたが、午前10時28分に死亡が確認された。遺体は西帰浦医療院に移送された。

海上警察は、救助時に名進僧侶が着用していた装備などを基に、フリーダイビングの練習中に事故が発生したと推定し、正確な事故の経緯を調査している。知人によれば、名進僧侶は毎年フリーダイビングを行っており、この日も済州の海でフリーダイビングをしていたという。

名進僧侶は1950年、忠南の唐津で生まれ、1969年に海印寺白蓮庵で出家し、1974年にタンソン僧侶を師として沙弥戒を受けた。

名進僧侶は1994年に曹渓宗の宗団改革を主導した。第11代曹渓宗中央宗会議員、1998年から2002年まで中央宗会副議長などを歴任した。その後、民族共同体推進本部長などを務め、南北仏教交流や統一運動にも尽力した。

2006年から2010年までソウル江南区の봉은사の住職を務めた。在任中は千日祈祷を続ける一方、寺院の財務を信者に公開し、宗務会議に信者を参加させるなど、寺院運営の透明性を強調する活動を行っていた。

봉은사の住職在任中には、봉은사의直営寺院転換を巡って曹渓宗総務院と対立した。この過程で、当時の総務院長や李明博政権を公然と批判し、直営寺院転換過程に政治的圧力があったという疑惑を提起した。

李明博政権時には、4大河川事業などの主要国政課題についても批判的な声を上げた。その後、国家情報院が名進僧侶の動向を把握し、批判世論の形成を推進していた事実が明らかになり、民間人監視の論争が仏教界内外に広がった。

住職の任期を終えた後も、インタビューや法会を通じて総務院の指導部を批判していた名進僧侶は、2017年に曹渓宗から除籍処分を受けた。曹渓宗は当時、名進僧侶が根拠なく僧侶の尊厳と宗団の名誉を傷つけ、総務院執行部を貶めたとして、同年4月5日に除籍を決定した。除籍は僧籍を剥奪し、僧侶の身分を失わせる重い処分である。

名進僧侶はこれを宗団批判を理由に反対派を排除するための政治的処分だと反発し、2023年2月に曹渓宗を相手に処分無効確認訴訟を提起した。

1・2審の裁判所はすべて名進僧侶の手を挙げ、除籍処分が手続き的・実体的に正当性を欠くと判断した。曹渓宗と名進僧侶は今年2月3日の控訴審判決について互いに最高裁に上告しないことで合意し、訴訟を終結させた。これにより僧籍も回復された。

名進僧侶は宗団問題だけでなく、社会問題にも積極的に声を上げてきた。龍山惨事の現場を訪れ、犠牲者を追悼し遺族を慰め、セウォル号惨事の際にも国会や光化門広場を訪れ、遺族と連帯の意を伝えた。ベトナム戦争で戦争の惨状を経験した後、修行者の道を歩みながら社会的弱者や朝鮮半島の平和、宗教の社会的責任についても継続的に声を上げてきた。

最近では第38代曹渓宗総務院長選挙を前に、宗団内の勢力争いや過去の暴露合戦が続く中、現行選挙制度の問題点を指摘し、総務院長の推戴方式への転換を促すこともあった。

現在、曹渓宗と名進僧侶が所属する法住寺が葬儀手続きを協議している。



* この記事はAIによって翻訳されました。

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