2026. 02. 09 (月)

[イム・ビョンシクのコラム]「静かな選挙」が生んだ自民党圧勝

林炳植論説委員
[写真=順天郷大学のイム・ビョンシク招聘教授]


日本の総選挙期間(1月23日~2月8日)のうち半分を現地で滞在した。工業都市である名古屋をはじめ、460年前の歴史の行方を決定付けた関ヶ原、そして東京と隣接する静岡一帯を行き来し、意図せず総選挙に接した。現地の雰囲気は落ち着いていた。大都市はどうかわからないが、私が滞在した都市では総選挙の熱気を体感するのが難しかった。通勤選挙の遊説も、拡声器の音も、群衆もほとんど見えなかった。派手な韓国式の選挙に慣れている私には不慣れだった。国民性というより政治無関心が生んだ風光だった。日本メディアは、低調な投票率は自民党に有利だと予想したが、結果は変わらなかった。「静かな選挙」は政治地形を変えた。

高市早苗首相が国会を解散したのは先月23日。就任3カ月で国会解散は過去最短だった。彼女は「過半数を得られなければ即辞任する」と背水の陣を敷いた。解散から投票までの選挙期間16日間も、第2次世界大戦以降、最も短かった。高市内閣支持率は71%で過去最高値だった。高市氏は高い支持率を背景に国会解散で突破口を探った。結局、単独過半数(316議席)に成功した。日本維新の会を含めると352議席だ。改憲議席(310議席)をはるかに超えた圧勝は1986年以来初めて。高市内閣は国政運営で主導権を握ることになった。右傾化の流れが加速化するのではないかという展望とともに韓日関係にはどんな影響を及ぼすのか関心だ。

2日、ユネスコ世界文化遺産の白川郷は大賑わいだった。町は観光客でいっぱいになり、各店に行列ができた。日本経済が低迷というが、ここだけ見れば別世界のようだった。しかし、肝心の住民の関心は選挙ではなく、生業や観光に集まっていた。選挙の貼り紙は背景にすぎなかった。2日後に訪れた関ヶ原の野原はまた違った。約460年前に15万の大軍が対決した戦場というには過度に閑散としていた。3時間以上の滞在中に出会った選挙関連の場面は、遊説車1台が全てだった。重要な選挙を控えているという事実が信じられないほどだった。続いて訪れた静岡県焼津市役所期日前投票所も同様だった。長い列も、緊張感も見当たらなかった。

選挙への無関心は日本の政治が生み出した風光だ。日本の総選挙の投票率はずっと50%台半ばを抜け出せなかった。半数近い有権者が投票場に出てこない政治への無関心は日常化して久しい。今回の選挙も投票率は55.68%で、半分近く棄権した。現地メディアは、真冬の寒さを理由にあげたが、私が泊まった時の日中の気温は映像15度まで上がったので苦しい解釈だった。根本原因は政治への期待喪失だ。低調な投票率は民意をゆがめる。今回の選挙も表面的には落ち着いていたが、内部は過剰民族主義で熱かった。イルベ(ネット右翼)のような極端な勢力が投票場に向かった結果が自民党圧勝だ。彼らは普遍的な国民感情を代表するものではない。

2・8総選挙は高市首相再信任投票の性格が強かった。彼女は就任直後、「普通の国家化」と憲法9条改正の意図を隠さなかった。憲法9条は戦争放棄と軍隊の保有を禁じている。自民党と維新の会は、自衛隊の存在を憲法に明記する法案を推進する計画だ。このような内容を盛り込んだ改憲案を3月までに国会に提出するというロードマップも確定している。自衛隊は事実上の軍隊だが、第9条によって法的地位は曖昧な状況だ。憲法に明記することになれば、軍隊保有を認め、交戦権も憲法上の権利と解釈される法的根拠を備えることになる。高市氏は選挙遊説で「自衛隊員の誇りを守り、有能な組織と認めるために改憲を許してほしい」と訴えた。

このほか、高市内閣は災害や武力攻撃の際、内閣に立法権限を集中させる「緊急事態条項」の新設も進めている。また、防衛費を対GDP比2%に増額する計画を3月から実行し、長距離ミサイルの導入など「反撃能力」も公式化する予定だ。さらに日本維新の会は、米国の核兵器を日本に配備する「核共有(Nuclear Sharing)」公論化を求めている。自民党は「非核三原則」を強調しているものの、中国対立と北朝鮮の脅威を大義名分に後退する可能性を排除できない。日本の有権者が自民党に票を集中させたのは「強い日本」を支持するという意味だ。

今回の選挙で政治地形を変えた核心要因は連立政権パートナー交代だ。長らく自民党で緩衝役だった公明党は退き、日本維新の会が前面に立った。公明党はこれまで平和憲法や軍事政策でブレーキをかけてきたが、日本維新の会は正反対だ。 憲法9条改正から防衛費の増額まで差し支えない。自民党と日本維新の会の結合は「節制」と「合意」の代わりに「速度」と「攻勢」に置き換えられる懸念を生んでいる。ブレーキが消え、アクセルペダルだけが残ったわけだ。立憲民主党と公明党は選挙直前に合流したことで、理念と価値を認められないまま少数野党に転落した。

右傾化の流れは韓日関係に複合的なシグナルを送る。短期的には安定の可能性がある。強いリーダーシップを持つ両国政府は実利中心協力を好む。サプライチェーンの再編、半導体協力、北朝鮮の核対応、安保共助など理解が合う分野では早い合意も予想される。しかし、ただ楽観するのは難しい。歴史問題と独島、靖国のような敏感な問題は、いつでも国内政治用カードとして活用できる。支持率が揺らぐたびに、民族主義は最も簡単な動員手段だ。協力が対立に変わるには長い時間は必要ない。「実用外交」と「歴史葛藤」が共存する不安定な均衡が予想できる。

韓国は葛藤過剰で日本は葛藤が足りないという話がある。韓国は騒々しく戦う中で政策の方向を決めるが、日本は静かに合意し、ゆっくりと動く。しかし、今回の総選挙の結果は、そのような公式まで揺さぶる余地を抱えている。合意ではなく一方的な収斂、牽制ではなく同質的な保守連合だ。反対のない改憲、討論のない軍備拡張、歯止めのない権力集中。政治無関心の中で行った「静かな選挙」がもたらす波紋を懸念せざるを得ない。歴史の中で日本は力がないときは妥協したが、反対の場合は軍国主義に走った。

関ヶ原内戦が日本の歴史の分岐点だったとすれば、今回の総選挙もまた別の分岐点になる可能性が高い。歓声も激突もない「静かな選挙」だったが、方向は明らか。日本は静かにしかし確実に右傾化の加速ペダルを踏んでいる。その速度は私たちが思っているよりはるかに速いかもしれない。

日本の岐阜関ケ原から、イム・ビョンシク順天郷大学招聘教授
 
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[写真説明(筆者提供):460年前に日本の歴史を変えた関ヶ原内戦が起こった岐阜県関ヶ原戦地で出会った選挙遊説車両] 


筆者の主要履歴

▷順天郷大学招聘教授 ▷元国会議長室副報道官 ▷元国会議長政務秘書官 ▷元国家均衡発展委員会国民疎通委員 ▷国家遺産庁政策諮問委員

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* この記事は、亜洲経済韓国語記事をAIが翻訳して提供しています。
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