2026. 10. 02 (金)

渋谷の顔、閉店…西武渋谷店、58年の歴史に幕

  • 感謝と寂しさのメッセージ7000件…渋谷の大型百貨店時代の終焉

  • 売上は全盛期の半分以下…再開発による賃貸契約交渉の決裂

西武渋谷百貨店の閉店記念映像写真西武渋谷百貨店フェイスブックから
西武渋谷百貨店の閉店記念映像[写真=西武渋谷百貨店フェイスブックから]



先月30日午後8時を少し過ぎた日本東京渋谷。58年の歴史を持つ西武百貨店渋谷店が最後の営業を終え、シャッターが下りると、店舗前に集まった人々の間から「西武!渋谷!」という声が上がった。他の百貨店が閉店する際に行われる店長の挨拶などのイベントは行われなかった。客や周辺住民の安全を考慮し、特別な閉店イベントを開かないことにしたためである。

この日、店舗は開店から営業終了まで多くの人で賑わった。ショーウィンドウには閉店までの残り日数を知らせる掲示板と共に、「初めて化粧品を買ったのは渋谷店でした」、「家族との楽しい思い出がたくさんあります」といった客のメッセージがびっしりと貼られていた。閉店を前に客が送ったメッセージは約7000件に達した。横浜から訪れた50代の女性は「渋谷に残っていた最後の百貨店であり、街の象徴のような場所だったので寂しい」と語った。また、別の50代の訪問者は「私たちにとって馴染みのあったものが一つずつ消えていき、別の渋谷に変わっていくのがとても寂しい」と述べた。

西武渋谷店は日本の高度成長期である1968年4月に開店した。エルメスやイヴ・サンローランなどの海外高級ブランドを次々と導入し、若手日本デザイナーの製品を紹介することで、1970年代から80年代にかけて日本デザイナーブランドのブームを牽引したと読売新聞は1日報じた。日本経済新聞(ニッケイ)によれば、1986年に開店した別館では、今日の編集店舗の原型とされる店舗「カプセル」を展開した。同じグループ系列のショッピングモールであるパルコ渋谷店と共に、渋谷を若者のファッションと文化が集まる街にすることに貢献した。

しかし、バブル崩壊と共に下降線を辿った。ニッケイによれば、渋谷店の売上は1990会計年度に967億円(約8314億ウォン)でピークを迎えたが、百貨店を訪れる人が減少し、周辺商業施設との競争が激化する中、2025年9月決算期には400億円にまで減少し、全盛期の半分にも満たなかった。

朝日新聞は2000年代以降、衣料専門店やショッピングセンターの増加、オンラインショッピングの普及を百貨店の衰退の背景として挙げた。渡辺浩明流通アナリストは「全国どこでもほぼ同じ商品が買えるようになり、『ここでしか買えない』という理由で百貨店を訪れる人が減った」と述べた。賃料負担も重なり、渋谷店は2016年以降赤字を続け、最近の赤字は10億円規模に達した。

閉店の直接的な理由は再開発であった。ニッケイによれば、西武百貨店運営会社のそごう・西武は渋谷店のリモデリングを進めていたが、主力店舗を貸していた土地・建物の所有者が独自の再開発を計画し、賃貸契約の延長交渉が難航した。読売によれば、そごう・西武は今年3月下旬に所有者から再開発のために店舗を空けるよう通知を受け、賃貸契約に合意できなかったと発表した。

閉店したのは化粧品・女性服・食品などを扱っていたA館と男性服などを扱っていたB館、駐車場の建物である。生活雑貨店ロフトが入居するロフト館と無印良品が入居するモビダ館は営業を続けるが、「西武渋谷店」の看板は下ろされる。そごう・西武は従業員230人を他の店舗などに配置転換し、雇用を維持する。

そごう・西武は今後池袋本店などに経営資源を集中させる。ニッケイによれば、昨年6月に家電店ヨドバシカメラが店舗面積の半分を占める規模で入居した池袋本店は、高級ブランドや化粧品、食品館を強化し、業績回復を図る。2028年までには横浜店・広島店など主力4店舗も大規模にリモデリングする予定で、総投資額は100億円以上と見込まれている。

大規模な再開発が続く中、渋谷の風景も変わりつつある。東急百貨店東横店と本店も2020年から2023年にかけて相次いで閉店した。朝日によれば、田原裕子国学院大学教授は、渋谷が2000年代以降観光客や情報技術(IT)企業が集まる消費とビジネスの街に変わったと分析している。彼は「ファッションの街としての歴史が、今の渋谷の強みにつながっている」と述べた。西武渋谷店は閉店したが、ここが残した「遺産」は新たな形で渋谷に残るとの評価がある。





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