2026. 10. 08 (木)

それでも、今回は違うかもしれない… ミュージカル『もしかしたらハッピーエンド』

  • 私たちはなぜ再び愛を選ぶのか

もしかしたらハッピーエンドの公演の様子
『もしかしたらハッピーエンド』公演の様子 [写真=NHNリンク]

誰もがハッピーエンドを夢見る。

特に愛をするならなおさらだ。愛する人と長く一緒にいたい、その気持ちが変わらないことを願う。ミュージカル『もしかしたらハッピーエンド』の二体のロボット、オリバーとクレアも同様である。

かつて人間を助けるために作られたが、今では旧型となったヘルパーボットのオリバーとクレア。彼らにも永遠は許されない。人間の体が歳を重ねて老いていくように、ロボットの体も時間が経つにつれて摩耗し、故障していくからだ。さらに、旧型のヘルパーボットにとって必要な部品を手に入れることすら容易ではない。消耗した部品を適時に交換できなければ、いつかは動作を停止しなければならない。

オリバーとクレアの出会いもこの部品の問題から始まる。充電に問題を抱えたクレアが充電器を借りるために隣の家のドアをノックし、そのドアを開けたのがオリバーだった。

いつか主人のジェームスが自分を迎えに来ると信じ、毎日同じ日課を繰り返すオリバーと、世の中に特に期待せず冷笑的なクレア。性格も考え方も異なる二人だが、充電器を借りたり貸したりする小さな往復が繰り返されるうちに、お互いに浸透していく。共に過ごす時間が長くなるにつれ、心も深まり、ついに二体のロボットは誰もプログラムしたことのない感情、愛を感じるようになる。
もしかしたらハッピーエンドのブロードウェイ公演
『もしかしたらハッピーエンド』ブロードウェイ公演 [写真=聯合ニュース/NHN]

しかし、幸せは長続きしない。クレアはヘルパーボット5モデルのオリバーより新型のヘルパーボット6モデルであるが、耐久性が弱いという致命的な欠陥を抱えている。時間が経つにつれ、クレアの体は少しずつ故障し始め、二体のロボットは愛の喜びと共に喪失の恐怖も学んでいく。

クレアは最終的にオリバーにお互いの記憶を消そうと提案する。愛していた記憶が残っている限り、別れの痛みを避けることはできないので、むしろ最初から出会わなかったかのように戻ろうというのだ。愛する存在を失う苦痛に耐えられないクレアにとって、記憶を消すことは自分自身とオリバーを守るための選択である。

それでもオリバーは、クレアがその日まで愛し続けると答える。二体のロボットは以前のように共に時間を過ごし、話をするが、終わりが近づくにつれ、その時間は単に楽しいものではなくなっていく。目の前の幸せよりも、やってくる別れの痛みがより大きく感じられ始める。結局、二人はお互いの記憶を消し、関係を終わらせることに決める。

作品はすみれ相関構造で幕を閉じる。各自の日常に戻ったオリバーとクレア。最初のシーンのように、クレアは充電器を借りるためにオリバーのドアをノックする。しかし、変わった点が一つある。オリバーの記憶は消されていないということである。

それでもオリバーは再びドアを開ける。再びクレアを愛する道を選んだのだ。

人間もまた、愛という感情がプログラムされた状態で生まれるわけではない。誰かと出会い、心を通わせながら愛を学び、その過程で喪失の苦痛も共に学ぶ。一度別れを経験すると、愛さない方が傷つかない最も安全な方法であることも理解する。

その意味で、オリバーの選択は合理的でも賢明でもない。再び愛すれば、再び傷つく可能性があることを今や誰よりもよく知っているからだ。それでも観客は再びドアを開けるオリバーを応援することになる。私たちもまた同じ矛盾を抱えて生きているからであろう。

なぜ私たちはそれでもなお愛し続けるのか。

おそらく今回は違うと信じているからではないか。そしてその結末が、もしかしたらハッピーエンドかもしれないからだ。



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