2026. 10. 06 (火)

【専門家寄稿】若者が文化と出会う…観客の一席が一人の人生を変える

俳優申久
俳優申久 [写真=アールコ、AI]  

若い頃、私は自分が俳優になるとは思っていなかった。大学入試で目標を達成できなかった後、偶然演劇を学ぶ場所を見つけた。人前に出ることが苦手だった若者だったが、演技をすることで内にあるものを表現できる気がした。こうして演劇と出会った。

1962年、演劇『牛』で初めて舞台に立ったときは、あまりの緊張でどうやってやり遂げたのか今でもよく覚えていない。一度舞台に立ち、また一度立つうちに、いつの間にか65年が経った。振り返ると、若い頃の舞台と客席で受けた響きが私の人生を導いてきた。その時に出会った作品は、私の生涯の趣味となり、人生を支える力となり、時には人生の方向を変えることもあった。私にとってそれが演劇だった。

私は俳優が最も恐れるべき存在は観客だと思う。舞台では隠すことができない。準備が不足していても観客は知っているし、俳優が心を込めていないこともすぐに気づく。再撮影や修正はできない。その日、その時間に俳優と観客が出会い、それで終わりだ。だから私は生涯観客を恐れながら舞台に立ってきた。長く舞台に立っているからといって楽になるわけではない。幕が上がる前には、今でも自分がうまくやれるか考える。

劇場で若い観客に出会うと、とても嬉しい。しかし、そんな観客の前に立つと、逆に緊張する。若い観客は良ければ良いと言い、退屈なら退屈だと率直に反応する。だから私もより正直に舞台に立つことになる。忙しい時間を割いて劇場に来てくれた人たちなので、私もそれに応えなければならない。

数年前、朴根亨(パク・グンヒョン)俳優と『ゴドーを待ちながら』を上演したときもそうだった。二人の老人が来ないゴドーを待つ話だが、若い観客たちが一緒に笑い、息を飲んで見守ってくれた。その姿を見て、良い演劇は世代を超えないことを再確認した。

演劇は結局、人の仕事であり、私たちの物語である。人が何を待ち、何に苦しみ、どう生きているのかを舞台上で示すことだ。時代が異なっても、年齢が違っても、人の生きることは大きく変わらない。その物語が正直に伝わるとき、誰の心にも届くと信じている。

しかし最近の若者は、文化芸術を楽しみたいと思っても、なかなか財布を開けることが難しいという。就職活動や生活費の心配の中で、一つの公演は「後回しにしてもいいこと」になりがちだ。その意味で、2027年からの青年文化芸術パスの全面的な拡大施行は、本当にありがたいニュースである。若者の文化生活が決して後回しにされることはないということを、私たちの社会が制度で答えたのだと思う。

この青年文化芸術パスが、普段出会わない公演に偶然出会う機会となれば良いと思う。俳優の息遣いが聞こえるほど近くで出会う物語は、画面では感じられない何かを残す。芸術は必ずしもすべてを理解しようとしなくても良い。ただ向き合うだけで十分だ。

私は今でも舞台に立っている。生きているからやるのであり、生涯続けてきたことだからやるのだ。いつまでできるかは分からないが、舞台に立てて、私を見つめる観客がいる限り、与えられた仕事をしっかりやりたい。そして、その客席にもっと多くの若者が座ってくれることを願っている。

今の若者の中には、明日の俳優や演出家もいるだろうし、生涯文化芸術を身近に置いて生きる観客もいるだろう。だから私も演劇をしながら受けたものを次の世代に少しでも返したいという気持ちで『演劇明日基金』に賛同した。若い俳優や創作者が引き続き舞台に立ち、その舞台を訪れる若い観客がいることで、演劇の明日も続いていくと考えている。

65年前、緊張した気持ちで初めて立った舞台が私の生涯の仕事となったように、今日のどこかの若者にとって初めて座る客席が新しい出発点となるかもしれない。若者が文化と出会う瞬間、私たちの文化の明日も共に始まる。



* この記事はAIによって翻訳されました。
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