2026. 09. 11 (金)

国立慶州博物館、117年ぶりに「石枕塚」を再発掘

  • 1909年に日本が発掘…現代考古学の方法で新たに解明

  • 光復以降に蓄積された国立博物館の多様な科学的分析方法を適用

1909年調査当時の石室内部の写真慶州博物館
1909年調査当時の石室内部 [写真=慶州博物館]

国立慶州博物館は、1909年に日本が調査した新羅の石室墓である石枕塚を117年ぶりに再発掘することを10日に発表した。

石枕塚という名称は、墓の内部で「石枕」が発見されたことに由来する。1909年の調査では石室や屍床、石枕などが確認されたが、当時の調査技術や記録方法には限界があった。正式な発掘報告書も発刊されていない。

今回の調査では、伝統的な発掘だけでなく、光復以降に大きく発展した自然科学的分析方法なども積極的に活用する予定である。当時の日本の研究者による調査は、今日と比較すると調査方法や記録が不十分であり、さらに朝鮮半島の古代文化を日本の視点で調査し解釈していた時代背景の中で行われた。

1909年の調査では、墓内部の遺物にのみ焦点が当てられていたため、今日の考古学で重要視される墳丘の築造過程、石室と墳丘の関係、墓道と墓周囲の構造、墓が作られた際の祭祀の痕跡などが十分に確認されていなかった。国立慶州博物館は、今回の再発掘で既存の記録と実際の遺構を精密に対照し、1909年の日本の調査者が確認できなかった、または記録に残さなかった痕跡を見つけ出す計画である。

特に石室の構造や築造方法、石室内の屍床や石枕などの埋葬施設の性格を再検討し、収集できなかった遺物や埋葬の痕跡を分析して、石枕塚がいつ、誰のために、どのような方法で作られたのかを明らかにする計画である。今回の再発掘に伴い、国立慶州博物館は1909年の石枕塚調査で出土し、現在東京大学に保管されている遺物についての調査と研究も進める予定である。石枕塚出土の遺物は、調査に参加した八津井清一が日本に持ち帰り、東京大学などに寄贈したとされている。

石枕塚が位置する慶州の西岳洞古墳群は、新羅の太宗武烈王陵をはじめとする大型古墳が集中している新羅史研究の核心地域である。しかし、その重要性に比べて光復以降、体系的な発掘が十分に行われていなかった。このため、西岳洞古墳群の造成時期や性格、各古墳の関係を明らかにすることが困難であった。

博物館側は「今回の調査はこのような研究の空白を埋める第一歩であり、新羅が石積み木棺墓から石室墓へと葬儀の方法を変えていく過程や西岳洞古墳群の歴史的性格を新たに理解するための基礎資料となることを期待している」と述べた。



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