最近、仁川市が光復節を記念して設置した横断幕に描かれた太極旗が逆さまに見えるとの論争が起きている中、仁川松島の花火祭りの現場でも逆さまの太極模様が捉えられた。
さらに、過去に李在明大統領と金閔錫国務総理が逆さまの太極旗バッジを着用した事例が再び注目され、特別な意図があるのではないかとの疑惑も浮上している。
仁川市は最近、第81周年光復節を記念して市役所の後門近くの横断歩道に横断幕を掲げた。横断幕には「第81周年光復節、光を取り戻すその日」という文言とともに、独立運動家が両手で太極旗を持っている姿が描かれている。しかし、オンラインではその画像の中の太極模様の赤と青の位置が一般的な太極旗とは逆に表現されているとの指摘が相次いだ。
論争が大きくなると、仁川市は太極旗を誤って描いたのではなく、独立運動家が太極旗を頭上に持ち上げている姿を下から見上げる構図で表現したものだと説明した。しかし、論争は簡単には収束せず、仁川市は最終的にその横断幕を撤去した。
問題は、横断幕を撤去した後にも同様の場面が再び捉えられたことである。9日、仁川松島で行われた花火祭りの現場を撮影した住民の動画には、逆さまの太極模様が映っている。
公開された動画では、住民とその子どもが太極模様の方向が異常であるという趣旨の会話を交わす様子も含まれ、オンラインでは「なぜこのような画像を使用したのか」という疑問が再び提起された。
逆さまの太極旗を巡る論争は仁川市だけの事例ではない。過去に進歩陣営の政治家たちも同様の論争に巻き込まれた。
2024年7月10日、当時の李在明民主党代表は、党代表選出の記者会見で上下が逆さまの太極旗バッジを着用している姿を見せた。これに対し、取材陣が指摘すると、李代表は「バッジがしょっちゅう回ってしまった。別の意図は全くない」と説明した。
金閔錫国務総理も逆さまの太極旗バッジを着用した事例が二度発覚した。2026年1月、全北大学で行われたK-国政説明会の際に逆さまのバッジが捉えられ、また、6月には中国北京の清華大学訪問の記念写真でも同様の姿が確認された。
特に金総理の場合、同日、李克強中国国務院総理との会談では太極旗バッジが正常な方向に見えたが、清華大学訪問の記念写真では逆さまの姿が確認された。これに対し、総理室は「撮影した人も、編集した人も、検収した人も誰も気づかなかった」と説明した。
これに対し、オンラインでは単なるミスとは見なせない反応が寄せられた。「一度はミスだとしても、二度目は何なのか」、「総理の儀典を担当する人たちがバッジ一つを管理できないというのはおかしい」との指摘とともに、繰り返される太極旗の方向の誤りに対する批判が続いている。
このように、仁川市の横断幕や花火祭り、李在明大統領の過去のバッジ着用事例、金閔錫総理の二度のバッジ事例が相次いで知られる中、一部では逆さまの太極旗に政治的意図があるのではないかとの疑惑も浮上している。
特に一部のネットユーザーは、逆さまの太極旗の形が北朝鮮政権樹立以前の「北朝鮮臨時人民委員会」が使用していた象徴に関連しているとの主張をし、政治的意味を付与している。
北朝鮮臨時人民委員会は第二次世界大戦終了後、朝鮮半島北部地域を占領したソ連軍政下で設立された過渡政府組織で、1946年2月8日に北朝鮮地域の各勢力を統合して正式に発足したとされる。当時の委員長は金日成である。
結局、今回の論争は光復節をはじめ、国内外の主要公式行事で国家を象徴する太極旗が繰り返し逆さまに登場していることから、単なるミスとして見ることができるのかという疑問に繋がっている。
現在までこれを裏付ける客観的な根拠は確認されていないが、繰り返される太極旗の方向の誤りが単なる儀典・検収過程のミスなのか、別の意図があったのかを巡る論争は当分続くと見られる。
* この記事はAIによって翻訳されました。
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