2026. 06. 18 (木)

光化門の風景:最晩年の最浩正議長を送る

最浩正 서울市 의会 의장
最浩正 서울市 의会 의長。 [写真=ユ・デギル記者]
 
 今日、ある政治家との別れの時が近づいてきた。しかし、ある政治家の退任は特に心に残る。今日、記者室を去る最浩正の後ろ姿がそうだった。「お疲れ様でした」と記者たちの拍手が続き、最後の挨拶を交わす最議長はふと記者室を見回した。

 そして、私を見て笑いながら一言を投げかけた。「このおじさんを見ると涙が出る」。瞬間、胸が詰まった。政治の世界で数多くの出会いと別れを見てきたが、この日は心が簡単に整理できなかった。それは、政治家一人の退任ではなく、長い間共に過ごした人との別れのように感じられたからかもしれない。
 
 私は普段、最議長に冗談のように言っていた。「議長はいつもお母さんのようです」。すると彼は笑いながら答えた。「違いますよ、お兄さん」。彼は常に強く、意気揚々とした政治家であったが、なぜかそんな感覚があった。人を安心させる温かさ、相手の話を最後まで聞く配慮、そして記者たちにも常に礼儀を失わない態度が生活の中に染み込んでいた。
 
 政治家は多いが、人間的な温もりを与える人は思ったよりも少ない。最議長は誰よりも「メディア」をよく理解する政治家でもあった。父である最始中先輩記者の影響を受けて、彼はいつもこう言っていた。「私もメディアのご飯を食べて育ちました」。この言葉にはメディアへの感謝が込められていた。

 実際、彼は記者を単なる取材相手や管理対象とは見なさなかった。時には記事のことで不満を抱くこともあったが、最終的には人を手放さなかった。記者室に来ると、いつも自然に挨拶を交わし、先輩後輩の記者たちを気遣った。だからだろうか、今日、記者室を去る彼の足取りは特に重く感じられた。
 
 政治の世界は冷酷である。選挙が終われば、笑う人も泣く人もいる。権力は常に移動し、地位は永遠ではない。しかし、政治家の真の品格は、地位にある時よりも去る時に現れる。今日の最議長の退任は華やかではなかったが、品位があった。短い挨拶の中に感謝と名残惜しさが共に滲んでいた。
 
 政界を完全に去るわけではないが、その道筋であるため、より心が痛むのかもしれない。ソウル市議会議長としての役割は終わるが、人間としての最浩正が消えるわけではない。同じ瑞草区民として、長い付き合いの一人として、またソウル市政を共に見守った同行者として記憶に残るだろう。
 
 記者という職業は、去っていく人を多く見てきた。大臣も、市長も、区長も、大統領も結局は退任の挨拶を残して去っていく。しかし、不思議なことに、ある人の後ろ姿は長く残る。今日、記者室の扉を出ていく最議長の表情がそうであった。「このおじさんを見ると涙が出る」と言いながら退場するその一言に、私も涙が出そうになった。最議長、本当にお疲れ様でした。




* この記事はAIによって翻訳されました。
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