
民主主義国家において、投票用紙が不足し投票が中断された。今回の6・3地方選挙は、記憶に残る事件となった。いったいどうしてこのような事態が発生したのか。
選挙は国家が行う数多くの行政業務の中で最も重要で基本的な業務である。選挙が公正に行われなければ、国民は結果に納得せず、民主主義は機能しない。そのため、選挙管理委員会は憲法によって特に独立機関として規定され、高い地位と権限を与えられている。
しかし、実際には選挙の最も基本的な準備物である投票用紙が不足していた。ソウルの松坡区や江南区、広津区など一部の投票所では投票用紙が切れ、投票が遅延し、有権者が長時間列を作る事態となった。一部の地域では出口調査の結果が発表された後も投票が続けられた。選管は謝罪したが、謝罪だけでは済まされない問題である。
今回の事態は単なる行政ミスではない。選挙管理システムが適切に機能していなかったことを意味する。投票用紙は選挙の核心的な物品であり、選挙を実施するために必須のものである。投票箱がない、記入用具がない、投票用紙が不足するという状況は、そもそも発生してはならない問題である。それは、病院の手術室に手術器具がない、空港の管制塔に通信機器がないのと同じである。
さらに深刻なのは、選管の対応である。今回の事態が発生すると、中央選管は市・道選管の責任を指摘した。しかし、国民の目にはそうは映らない。中央選管は全国選挙を総括する機関であり、選挙管理の最終責任は中央選管にある。現場で問題が発生したのに、中央は責任がなく、市・道選管が責任だと言われれば、国民は誰を信じればよいのか。
選管を巡る論争は今回が初めてではない。2022年の大統領選挙時にはいわゆる「ソクリ投票」論争があった。新型コロナウイルス感染者の投票過程で、投票用紙をバスケットやショッピングバッグに入れて運ぶ様子が公開され、国民は衝撃を受けた。2023年には前・現職幹部の子女特権採用疑惑が浮上し、監査過程でかなりの部分が事実であることが明らかになった。
そして今回、投票用紙不足の事態が発生した。単一の事件だけを見れば偶然かもしれない。しかし、似たようなタイプの論争が繰り返されるなら、それは偶然ではない。国民が不安に思う理由もここにある。ミスは一度は起こり得る。しかし、同じ組織で問題が繰り返されるなら、国民はその組織の運営方式自体を疑うことになる。

選管はこれまで独立性と政治的中立性を理由に外部の干渉を拒否してきた。もちろん、選挙管理機関の独立性は重要である。政権が選挙を左右する状況は決してあってはならない。
しかし、独立性が責任免除の根拠となることはできない。むしろ独立性が強いほど、責任も強くなければならない。独立機関という理由で外部の監視を受けず、問題が発生しても責任を取る人がいない、繰り返し事故が発生する組織であれば、国民の信頼は崩れるしかない。
今回の事態を契機に、選管委員長制度に関する論争も再び提起されている。現在、中央選管委員長は大法院判事が兼任する非常勤体制で運営されている。慣例的に大法院長が指名した大法院判事が委員長を務めてきた。しかし、選挙を総括する最高責任者が実質的に本業が別にある非常勤体制であることは、以前から問題視されてきた。実際、選管の業務は事務総長が総括し、委員長は象徴的な役割に留まることが多いとの指摘も少なくない。
もちろん、大法院判事が委員長を務めることが今回の事態の原因であるとは断定できない。しかし、明らかに現在の体制は国民の信頼を得ることに失敗している事実がある。国民は選挙が終わった後、責任者が誰であるかを知りたいと思っている。誰が準備をし、誰が報告を受け、誰が最終決定をし、誰が責任を取るのかを知りたいと思っている。しかし、現在の選管ではその答えを見つけることが難しい。
民主主義は信頼によって動く。選挙結果に対する信頼も結局は選挙手続きに対する信頼から生まれる。投票用紙不足の事態が危険な理由は、単に数枚の紙が不足しているからではない。選挙の公正性と信頼性に疑問を抱く国民が増える可能性があるからである。
不正選挙の主張が事実かどうかは別の問題である。しかし、選管が繰り返し論争を引き起こすと、その主張が力を得る環境が作られる。これがさらに危険である。民主主義は陰謀論ではなく、信頼の上に成り立っている。その信頼を守ることが選管の存在理由である。
今回の事態は単なる行政ミスで済ませるべきではない。誰がどのような判断を下したのか、なぜ投票用紙が不足したのか、現場報告体制は適切に機能したのか、中央選管は何をしたのかを徹底的に明らかにしなければならない。そして、責任を取るべき人が責任を取らなければならない。選挙の基本も守れない選挙管理機関であれば、その存在理由を自ら問うことになる。
民主主義の花は選挙である。そして、その花を育てる庭師が選管である。庭師が役割を果たさなければ、花は枯れるしかない。今回の事態は投票用紙不足の事件ではない。韓国の選挙管理システム全体に鳴り響く警告音である。
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