1868年に開港した神戸港は、日本三大貿易港の一つであり、年間平均210万TEU以上の貨物が行き交う場所である。開港以降、1900年代に入ると1940年まで新港埠頭や中部埠頭を中心に本格的な近代港湾が形成された。
北川健介神戸市港湾局関係者は「1965年から2005年まで山を削り海を埋める作業を通じて、港湾物流機能の海上拡張を図った」と説明した。
1960年代から1980年代までは、港湾物流のコンテナ化に集中した時期とされる。1963年まで小型船が物流を運んでいたが、コンテナ船の導入により港湾物流の海上移転が実現した。既存の港湾物流地域は自然に都市機能へと転換し始めた。
さらに1970年から「メリケンパークハーバーランド」を開発し、エンターテインメント機能を加え、観光客を引き寄せている。また、国営鉄道のコンテナ基地であった空間を再開発し、ハーバーランドを形成し、食べ物や見どころ、楽しみを一つに結びつけた。
順調に進んでいるように見えた港湾再開発は、1995年の阪神・淡路大震災で一度の高波を経験した。崩れた港湾施設は2年で復旧したが、復旧過程で膨大な規模の借金が発生し、神戸市の財政は悪化した。港湾再開発プロジェクトは自然に後回しにされざるを得なかった。
20年以上にわたる借金返済が2011年に完了し、再開発にも加速がついた。北川は「現在いる場所はジ・ライオンアワーズビルで、ミュージアムから水族館、フードコート、住宅などが入居している」と紹介した。彼は「向かいに見える建物はジ・ライオンアリーナ神戸で、収容人数1万人規模の次世代型アリーナであり、神戸市の土地に民間企業が投資して運営している形だ」と説明した。
神戸港といえば最初に思い浮かぶ「神戸ポートタワー」も観光ポイントの一つである。1964年に建設されたこのタワーは、2024年の地震対策機能強化などのリニューアルを通じて外部展望台を一部開放した。リニューアル前は30万人程度に留まっていた観光客は、再開館後に年間60万人まで2倍以上増加した。
神戸市は2040年まで「歴史と未来をつなぐ新しい価値創造」をテーマに港湾再開発に継続的な努力を注ぐ計画である。世紀口直樹神戸市港湾局課長は「物流を主力に港を運営し、プラスアルファとして観光、エンターテインメント機能を強化する」と述べ、「開港の歴史が100年を超えるため、その時に作られた建物が多い。これを最大限に保存しながら再開発する計画だ」と語った。
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