21日、ミュージカル「地下鉄1号線」の演出家として有名な金敏基(キム·ミンギ)さんが癌闘病中に死去した。享年73歳。
1951年3月31日、全羅北道益山(チョルラブクド・イクサン)で生まれた故人は、京畿中・高等学校を経てソウル大絵画学科を卒業した後、本格的に歌手としての道を歩んだ。
1970年には代表曲「朝露」を作曲し、1977年には「常緑樹」を作曲して発表した彼は、1984年に民衆歌謡グループの「歌を探す人々(People Seeking Songs)」を結成した後、プロジェクトアルバムを発売したりもした。
特に1991年には大学路に「学田(ハクチョン)」小劇場を開き、多くの人気歌手を輩出しながら「スター養成所」の代表として生まれ変わった。
また1994年に初演されたミュージカル「地下鉄1号線」は日本でも上演され、大きな話題を集めた。
しかし、健康悪化や財政危機に見舞われ、劇場の運営に大きな困難を経験した。俳優や歌手、芸術家50人余りが「学田、アゲインプロジェクト」を進めたりもしたが、開館33年ぶりの3月15日に閉館した。
韓国文化芸術委員会は学田の精神を受け継いで子供や青少年中心の公演場として再開館した。
殯所はソウル大学病院の葬儀場に設けられた。
亜洲日報の記事等を無断で複製、公衆送信 、翻案、配布することは禁じられています。