2026. 03. 20 (金)

韓国初の旅行家・小説家、金時習の再発見

写真提供:ハンゴルムド
[写真=ハンゴルムド提供]

映画『王と共に生きる男』と共に読むべき本

映画『王と共に生きる男』が人気を集めている。悲運の王、端宗の死に涙する人が多い。この映画には登場しないが、梅月堂金時習は端宗と深い関係がある。彼の旅は首陽大君の王位簒奪に対する憤りから始まった。李肯翊の『燃藜室記述』によれば、成三問や朴彭年などの死体を収集し、墓を作ったのは金時習である。忠南公州の東学寺で端宗の招魂祭を行ったのも彼である。韓明澮が書いた詩を改変したのも金時習であった。

この本は金時習の生涯を描いている。彼の生涯を年代順にわかりやすく記述し、現場写真を添付している。金時習は3歳で漢詩を作り、5歳で四書三経を読んだ。しかし、彼の才能は暗い時代に折られてしまった。母や外祖母、世宗大王を次々と失い、父は継母を迎えた。彼の著作には父という言葉が一度も出てこない。

ついに世宗の息子である首陽大君がクーデターを起こし、王位を奪った癸酉靖難は彼の人生を大きく変えた。北漢山の中興寺で勉強していた金時習は、この知らせを聞くと持っていた本をすべて焼き、3日間閉じこもった後、旅に出ることを決意した。彼は朝鮮の国土を巡り、民衆の苦しみを感じることを決意した。彼が最後に身を寄せたのは寺院で、忠南扶余の無量寺で亡くなった。

この本は、韓国初の旅行家であり小説家としての金時習を再評価する試みでもある。彼は韓国初の小説『金鰲新話』を著したが、その点はあまり知られていない。『金鰲新話』に登場する5つの物語はすべて韓国を舞台にしており、歴史的事実に基づいている。彼は全国を旅し、文化遺産を詩に詠んだ詩人でもあった。彼の旅は民衆の生活に共感し、歴史の現場を記録する創作の過程であった。この本はその足跡を追う。

また、この本は全国に散らばる金時習の痕跡を収録している。彼の遺骨を納めた扶余無量寺の塔や、彼の詩を刻んだ詩碑、彼の肖像画などがどこにあるかを詳しく記録し、現地の写真を掲載している。金時習の痕跡をたどりたい人々には貴重な資料である。





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