7月15日、京安市場の商人会事務所で、民選9期光州市の初の「直通市場室」が開設された。就任からわずか15日後の出来事であった。2時間を超える会議では、駐車場が不足して客足が遠のくという嘆き、アーケードから雨漏りするという指摘、夏には霧発生装置が止まるという苦情が相次いだ。
その場には政策室長や国・課長たちが同席し、提案の一つ一つの実現可能性を商人たちの前で直接検討し説明した。民選9期光州市政はこのように始まった。
10月29日は「地方自治及び均衡発展の日」である。1991年に地方議会が復活してから35年が経過した。その間、地方自治は確かに成長した。しかし、振り返るべき点がある。
市民の声が市政に届くまで、今もいくつかのハードルを越えなければならない。苦情窓口を経て、担当部署を通り、決裁ラインを経る間に、市民の言葉は書類となり、書類は再び処理期限となる。コミュニケーションは常に強調されてきたが、そのコミュニケーションが結果に結びつくまでの時間はなかなか短縮されなかった。
光州市が「コミュニケーション」に加えて「直通」という言葉を選んだ理由はここにある。コミュニケーションが市民の声を聞くことであれば、直通はその声が結果に結びつくまでを行政の責任とすることである。就任式で「報告だけを受ける市長ではなく、市民と直接つながる直通市長になる」と約束したのは、行政の運営方式を変える宣言であった。
就任後100日間、光州市は399回現場を訪れた。京安市場や京畿光州駅、超越駅で直通市場室を開設し、市長だけでなく国長・課長・チーム長も現場に出向く「直通現場100日」を通じて市民4570人と出会った。
その過程で216件の生活不便や政策提案が寄せられた。太田・高山地域の交通渋滞、若者が集まる場所の不足、長期間停滞している事業のスケジュールなど、市役所内では見えなかった光州市の現実がそこにあった。
15日に行われた100日トークコンサートでは、500人以上の市民の前に立ったのは成果を誇示するためではなかった。現場で受け取った要求がどのような政策に結びつき、何がなぜ遅れているのかを市民の前で説明するためであった。聞いた分だけ答えなければならないという責任を公にする場であった。
直通が行政の一方通行になってはならない。19日、住民自治委員350人以上が集まった能力強化研修会で注目すべき場面があった。
光州市住民自治協議会が、用仁半導体国家産業団地の用水管路問題について自発的に決議文を朗読したことで、国家半導体産業の必要性には共感しつつも、光州を貫通する管路にふさわしい共生策を政府に求める内容であった。
市長が青瓦台の前に立ったとき、それは「市長の要求」であった。住民が決議文を聞いたとき、それは「光州市の要求」となった。住民自治とはまさにこういうことである。住民が地域の問題を共に考え、自ら解決していくこと、それが地方自治の最も堅固な基盤である。
光州市は1975年に八達水源保護区域が指定されて以来、50年以上にわたり首都圏の飲料水を守るために重複規制を耐えてきた都市である。今、その犠牲を次世代の機会に変えることが残されている。
その道は市長一人では歩めない。市民の声は行政に直接通じ、行政の変化は市民の生活に直接つながらなければならない。その循環が途切れないとき、地方自治は制度ではなく日常となる。
地方議会復活35年、次のステップは「参加」から「直通」へ進まなければならない。過去100日は方向を定めた時間であった。残された時間はその方向を結果で証明する時間である。10月29日にも光州市は現場に向かう。行政の答えはいつもそこにあるからである。
* この記事はAIによって翻訳されました。
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