2026. 08. 15 (土)

清陽正山郷校の清雅楼が国宝に指定される

  • 複合機能を持つ中南部地域唯一の郷校門楼

清陽正山郷校の清雅楼の写真 国家遺産庁
清陽正山郷校の清雅楼 [写真=国家遺産庁]

国家遺産庁は「清陽正山郷校の清雅楼」(以下、清雅楼)を国指定文化財(宝物)に指定する予告を14日に発表した。

清雅楼の建設年代を明確に示す記録は残っていないが、1630年に郷校の設立を請願した記録や、郷校で発見された瓦の銘文から、17世紀初頭に現在の位置に移築されたと推定される。2023年に主要な部材の年輪年代を分析した結果、1640年に伐採された部材が使用されていることも確認された。建設時期を裏付ける実物資料が残っている点で、歴史的価値が高い。

清雅楼は郷校の出入口を担う門楼であり、中層に高く建てられ、郷校の権威と威厳を示すと同時に、講義や儒教の儀式、休息など多様な機能を果たしている。名称は中国の儒教経典「詩経」の「菁菁者莪(清清者阿)」に由来し、「人材を育成する喜び」を意味する。

規模は正面5間、側面1間の「一」字型の中層楼閣である。中南部地域の郷校の楼閣が一般的に正面3間、側面2間であることを考慮すると、規模は大きい。一方、上部の構成は非常にシンプルで簡潔な形状である。

下層の中央3間は出入口として使用されている。中央の間には両開きの扉があり、その両側には外開きの扉が設置されており、外三門(外壁の正門)として使用されている。両側の最も端の間にはそれぞれ出入りと保管機能を担う倉庫と階段が設置されており、上層は講義や学習だけでなく、学生たちが休息し、心身を養う場として活用されている。これは郷校の門楼の複合的な機能をよく示している。

また、清雅楼の窓には朝鮮中期以前の建物で確認される永双窓が残っている。永双窓は窓が二組の双窓のうち、門設柱がある窓である。板で作られた扉である板門や大梁などに見られる精巧な木工技法は、朝鮮中期の建築技法を示している。

国家遺産庁は「清雅楼は教育と教化の中心的な役割を担ってきた歴史的象徴性を持ち、創建当時の部材が相当部分残っている」とし、「建物の形態も創建当時の形を比較的保っており、歴史性と真実性、建築史的価値が優れていると評価される」と述べた。

国家遺産庁は30日間の意見を収集した後、文化遺産委員会の審議を経て、宝物指定の可否を最終決定する予定である。



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