これは最近、金融委員会が開催した不動産金融に関する討論会で発言された言葉である。この日の約2時間にわたる議論を最も的確に要約した文でもあった。若者の参加者は、政策ローンの所得・資産基準のために、実際に支援が必要な人が対象から外れていると訴え、基準を緩和してほしいと求めた。
返答は予想の範囲内であった。ローンを増やすと住宅価格と家計負債を刺激するという反論がすぐに出た。供給が不足している状態で購入資金を増やすと、結局は住宅所有者に利益をもたらすという論理である。ローンを緩和すれば住宅価格は上昇する。しかし、厳格化すれば若者は家を買えなくなる。
数年間繰り返されているジレンマである。どちらも正しいことなので、悲しみは増すばかりである。現在、給与だけでは住宅価格を負担することが難しい若者にとって、ローンは事実上、唯一のマイホーム取得手段である。同時に、ローンが増えるほど住宅市場により多くの資金が流入し、住宅価格を支えることも否定できない事実である。
政府もこの矛盾を理解していないわけではない。規制を厳しくすれば「庶民の住居の梯子を蹴飛ばした」と批判され、例外を広げれば「借金で住宅価格を支える」と指摘される。どちらを選んでも副作用が生じるという点で、金融当局の苦悩も理解できる。
しかし、討論を見守る中で奇妙な違和感を覚えた。政府は若者にどれだけの借金をさせるかを考えていた。一方、若者はそもそもなぜその程度の借金をしなければならないのかを問うていた。同じ場で異なる質問を投げかけていたのである。
政策ローンの上限を引き上げれば、すぐに家を買う可能性は高まる。しかし、住宅価格がそのままであれば、若者が生涯返済しなければならない元利負担も増える。マイホーム取得には成功したかもしれないが、その後の生活がローン返済に縛られる可能性もある。結婚や出産、転職や起業といった選択が元利返済日以降に先送りされる可能性もある。
逆に、ローンを一律に厳格化すれば、現金が不足している人から市場で排除される。親から数億ウォンの支援を受けられる人は耐えられるが、そうでない人だけが脱落する。所得はあるが初期資産が不足している若者にとって、ローン規制は事実上の進入禁止線となる。ローン規制は「親の助け」を阻むどころか、むしろ資産格差を固定化する武器となる。
とはいえ、ローン規制をすべて緩和しようという話ではない。投機需要や返済能力を超えた借入は当然に制限すべきである。しかし、すべてのローンを同じリスクで扱ってはいけない。複数の住宅を所有する者の追加購入資金と、無住宅者の初めての住宅購入資金は目的が異なる。実居住の有無や所得の流れ、ライフサイクル、住宅価格を区別しない一律の規制では、投機を防ぎながら実需者を保護することは難しい。
政策ローンも単に上限を引き上げるだけでは不十分である。家を買う際にお金を貸し、その後は過度な元利負担に押しつぶされるように放置するのであれば、完全な住居支援とは言えない。長期固定金利の拡大や返済構造の改善、若者の資産形成支援など、借金を負担できるようにする仕組みが必要である。
金融政策は住居問題を解決する手段であり、住居政策そのものではない。ローンの上限を引き上げることは梯子を設けることではなく、より重い荷物を背負わせて登らせることかもしれない。逆に、ローンを制限することは梯子の入口を閉ざす行為である。
若者たちが求めているのは、より多くの借金をする権利ではない。親の口座残高に関係なく、自分の所得で家を持つことができる公平な機会である。政府が国民に問うべきことは「ローンを緩和すべきか厳格化すべきか」ではなく、「なぜ借金なしでは家を買えない構造になったのか」である。質問が間違っていれば、答えも間違ってしまう。
* この記事はAIによって翻訳されました。
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