青瓦台、74年ぶりに国民のもとへ・・・本館から緑地園まで40万m²を全面開放

[写真=聯合ニュース]


尹錫悦(ユン・ソクヨル)次期大統領が20日、大統領執務室を龍山(ヨンサン)国防部庁舎に移転すると公式発表した。これにより、70年以上大統領を象徴する建物だった青瓦台(大統領府)も歴史の中に消えることになった。

尹次期大統領は同日午前、大統領職引継ぎ委員会事務室がある鍾路区(チョンログ)三清洞(サムチョンドン)の韓国金融研修院で記者会見を開き、大統領執務室の国防部庁舎移転を発表した。

この日の記者会見で彼は「選挙過程で帝王的権力の象徴である青瓦台を国民に返すと約束した」とし「龍山国防部と合同参謀本部(合参)区域には国家安保指揮施設などが備えられて青瓦台を市民に完璧に返すことができ、警護措置に伴う市民の不便もほとんどない」と述べた。

青瓦台を国民に開放するという計画も明らかにした。尹次期大統領は「青瓦台は任期開始の5月10日に開放し、国民にお返しする。本館、迎賓館をはじめ、最高の庭園といわれる 緑地園(ノクジウォン)と常春斎(サンチュンジェ)をすべて国民のもとに返す」と述べた。

大統領執務や外賓接見などに使われる建物である本館から非公式会議の場所として利用されている常春斎、歴代大統領の記念植樹がある緑地園まで、全て国民に開放するというのが尹次期大統領側の構想だ。

青瓦台は近現代史を経て74年間、大韓民国の大統領権力を象徴する代表的な場所とされてきた。本館や迎賓館などを含め、国賓迎接や儀典行事、警護などのために北岳山周辺の軍部隊を除く40万平方メートルを使用している。

現在の青瓦台は、朝鮮太祖4年(1395年)に景福宮が創建され、宮殿の後苑として使われた場所だ。1910年日本による植民地時代時代には、景福宮を朝鮮総督府庁舎の建物として使用し始め、一部は朝鮮総督府官舎として利用されたりもした。

その後、大韓民国政府樹立後、景武台や青瓦台に名前が変わり、大統領執務室兼官邸として使用された。

青瓦台によると、歴代の大統領執務室と官邸として使われていた旧青瓦台の建物は、1993年11月に撤去された。1989年に執務室と官舎が分離し、撤去後にその場所を昔の姿に戻して景福宮を守っていた守宮があったことから現在は守宮跡と呼ばれている。

「青い瓦屋根」を意味する青瓦台の名称を使い始めたのは、尹普善(ユン・ボソン)元大統領だ。尹元大統領は、景武台が持つ否定的なイメージを考慮して青瓦台に名前を変えた。その後、現政府の文在寅(ムン・ジェイン)大統領政権まで青瓦台を使用した。
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