[ユン・ウンスクのコラム] 五輪を美しくするのは何か

  • 写真・執筆= 亜州経済国際経済チームのユン・ウンスク チ―ム長

[写真=AP・聯合ニュース(ジェシー・オーエンス) ]


歴史上最も偉大な陸上選手の一人として名を残したジェシー・オーエンス。1936年五輪で彼は史上初の短距離4冠王という驚くべき記録を立てた。100メートルをはじめ、200メートルと400メートルリレー、走り幅跳びまですべて1位を占めた。

オーエンスの勝利は、貧しい黒人奴隷出身の選手が成し遂げた成果ということでもっとも輝いた。ゲルマン民族の優秀性を示す政治的な目的で五輪を利用しようとしたナチスに衝撃を与えたわけだ。オーエンスは自叙伝でも「1830年代、僕の祖先は人が人を所有できると信じていた米国に奴隷として売られてきた。僕は1936年8月、他の民族が皆自分とアーリア人の所有にならなければならないと信じるアドルフ・ヒトラーと戦って勝った」とも語った。

オーエンスの勝利が美しかった理由はもう一つある。まさに五輪の頂点と言えるフェアプレーの精神を重んじるエピソードのおかげだ。当時オーエンスは走り幅跳びの予選で最初の2回の挑戦でファウルを犯し、失格の危機に直面していた。しかし、オーエンスと金メダルをめぐって競争していたドイツのルッツ・ロングは、自分のライバルにアドバイスを惜しまなかった。助走をもう少し早くして、距離を十分に置けと教えてあげた。彼の助言に従ったオーエンスは予選を通過し、結局走り幅跳びの金メダルまで手にした。

当時、米国とドイツは政治的対立が激しかった時期だった 。それにもかかわらず、いわゆる「五輪精神」と呼ばれる彼らのフェアプレー精神は、多くの人々に感動を与えた。ロングとオーエンスは、戦争後と亡くなるまで友情を深めたという。

実際、五輪の歴史の中で全世界の人々に最も感動を残したのは、偉大な記録や多くの金メダル、華やかな公演ではなかった。世界各国の選手たちが夢と汗が五輪精神に昇華される瞬間だった。 オーエンスとロングの話でも分かるように、公正な競争精神から、厳しい事情にもかかわらず自分を五輪に出場させてくれた祖国のために激しい苦痛を耐えて完走をあきらめなかったタンザニアのマラソン選手、ジョン・スティーブン・アクワリの崇高な精神まで、スポーツという舞台の上で繰り広げられる人間対人間の純粋な競争は、貪欲と紛争が常に存在する日常を生きる我々に大きな慰めとなった。それこそ五輪は、人類が共存する葛藤と憎悪を越えて平和と和合を渇望しているという希望を約束する祭りでもあった。

そのため、最近の北京五輪の判定をめぐる議論を見守るのは非常に苦しい。まず、この4年間、五輪のために集中してきた選手たちのためにも、公正な判定は何より重要だ。開催国である中国が最近浮き彫りになった各種論争に対して誠意を持って対応をしてほしいと、期待する理由だ。しかし同時に、今回の事件に便乗し、嫌悪と呪いを煽る人々も、五輪の精神を傷つけていることは否定できない。特にありもしない偽ニュースまで動員して国民の怒りを煽り、本人の人気上昇の機会をうかがう人は、選手たちの努力を無駄にするだけだ。理性的で落ち着いた態度で正しい主張をし、誤った点があれば抗議に出る態度が必要だという声が少ないのが残念だ。

コロナ禍という前代未聞の状況で、韓国は世界で最も注目される国として浮上した。数多くの海外メディアが特に注目したのは「成熟した市民意識」だった。米紙ワシントンポスト(WP)などは、高いレベルの市民意識が、ほかの国に比べて防疫成功のカギの一つとして取り上げた。数十年間独裁を経験したにもかかわらず、結局民主主義を勝ち取った歴史の後にも蹂躙される人権に背を向けない市民がいた。韓国はこの数年間発展した経済と自由な体制の中で文化隆盛を成し遂げ、多くの国の模範として発展している。様々な調査で日々高まっている韓国に対する好感度はこれを反映している。五輪で釈然としない判定に怒りが込み上げるのは当然だ。しかし、怒りを鎮めることができなければ、これまで高まった韓国の地位にむしろ傷をつけることになるかもしれない。

そういう意味で、ショートトラックのファン・デホン(黄大憲)選手が見せた成熟した態度と揺れなかった平常心は、この上なく誇らしい。ファンは怒りに振り回されず、自分の能力を証明することに力を注ぎ、金メダルを首にかけた。

「他の感情にはある程度の落ち着きと静けさがあるが、怒りというものは暴れながら苦痛や武器、血、拷問を渇望し、ついに自分の利益まで投げつけ、他人に害を与えようとする。」ローマ帝国の政治家であり、後期ストア派の代表的な哲学者であるセネカの言葉は今も有効だ。
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