
「購入上限の遵守は健全な余暇の始まりです。」
先週末、取材で訪れた過天のレットランパークの至る所に目を引く文言があった。馬事会はギャンブル依存症を防ぐため、馬券購入の上限を1回10万円に制限するなど、自浄努力を続けている。それにもかかわらず、国内の競馬産業を取り巻く『ギャンブル産業』のイメージはなかなか薄れないのが現実である。
このような認識は日常生活の中でも表れている。京畿南部4号線を利用する市民にとって、金・土・日曜日の午後、競馬公園駅周辺はやや不便な空間と認識されている。酒やタバコの匂いを漂わせる利用客が一斉に集まる光景は、競馬を『余暇』よりも『ギャンブル』として連想させる。現場で感じられる雰囲気自体が産業全体のイメージを規定していると言える。
もちろん、馬事会も変化の努力を続けている。競馬場を『競馬公園』から再び『レットランパーク』に改名し、ポニーランドや馬博物館など、家族連れの訪問客向けの施設を拡充した。外見上は『レジャースペース』への転換を試みている。
しかし、これらの試みが実質的な認識の変化に繋がったとは言い難い。現場を訪れた日も、家族連れの訪問客よりもベッティングに集中する利用客が多いように見えた。実際、2024年のギャンブル産業利用実態調査でも、馬券購入の理由として『スリルと快感』(36.3%)、『収益期待』(16.3%)が主に挙げられた。
一方、主要国の競馬の姿は異なる。アメリカのケンタッキーダービーは高い視聴率を誇り、文化イベントとして定着している。イギリスのロイヤルアスコットは王室の伝統と結びついた代表的な行事とされている。日本のジャパンカップも世界的な名馬が参加するグローバルスポーツイベントとして成長した。競馬が『ギャンブル』ではなく『物語のあるスポーツ』として消費される構造である。
この点で、最近浮上した馬事会とレットランパークの移転議論は単なる立地問題を超える。むしろ、韓国の競馬産業が構造的に再設計される契機となる可能性がある。物理的な空間を変える過程で、産業の性格自体を再定義できるからである。
日本の事例は参考になる。日本の競馬場は家族連れの訪問客が訪れる複合エンターテインメント空間として定着し、ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』のヒットを契機に若い層の流入にも成功した。人気競走馬をキャラクター化し、コンテンツやグッズに展開した戦略も注目に値する。競馬を『競技』から『文化』に拡張した結果である。
肝心なのは『誰が訪れる空間か』である。現在のレットランパークは高齢層中心の構造から脱却できていない。昨年、レットランパークソウルの全入場者の中で競馬客は225万人、非競馬客は213万人と集計された。韓国馬事会が2024年に4900人を対象に実施した競馬利用者の傾向調査によれば、競馬客の90%が50代以上である。新しい空間は若年層や家族連れの訪問客が自然に流入できる構造で設計されるべきだとの指摘がある。
そのためには立地条件も重要である。政府が約束したように、ソウルへのアクセスを確保し、競馬以外にも多様なエンターテインメント要素を組み合わせる必要がある。同時に、競馬自体をレジャースポーツに転換するための中長期戦略も並行して進めるべきである。
何より必要なのは政府の役割の変化である。明確なビジョンと支援策なしに移転を進めれば、現場の不安を増大させるだけである。実際、馬事会内部でも政策方向の不確実性に対する懸念が少なくない。
競馬産業は単なるギャンブル産業を超え、馬産業全体とつながっている。最近出会った馬産業関係者は「競馬が健全なスポーツとしての地位を高めれば、乗馬人口の拡大、競走馬のブリーディング産業の成長、調教師・騎手・獣医師など専門職への需要増加につながるだろう」と提言した。
今回の馬事会・レットランパークの移転議論が単なる移転にとどまらず、韓国の競馬産業が『ギャンブル』の枠を脱し、『文化と産業』として再生する出発点となることを期待する。

* この記事はAIによって翻訳されました。
